深い波の谷間へ行かねばならぬ。
静かな動きで身を構え、
流れに逆らわず、一個の自分を
守らなければならぬ。

海という広い輪の世界。

どんな理由で、
そこを目指すのか分からない。

忘れない為、忘れ去られない為
生まれの川へ手紙に綴られた
契りのない別れの言葉。

海に結ばれ溶け込む
柔らかな川の心。
惜しまず送り出される命・・・・・

鮭は、
一人前になり、いつか
戻ってくるのを誓った。

どんな理由で、
こんな旅をするのか分からない。

限りの無い透明な硝子の輪。
仲間にも、敵にも、
涙なんか見せず、
ひたすら泳ぎ続けた。

ある日、潮の流れに案内され、
鮭は、胸を膨らませ長旅に出る。

立派な体を思いっきり動かし、
川を上り始める。
懐かしい温もりを感じながら、
休まず上り続ける。
擦り傷には目も向けず、
ぼろぼろの体を生まれの川へと運ぶ。

鮭!!
君は納得しているの?
君の疑問は成し遂げたの?

長旅の意味など鮭は知らないまま、
口を大きく広げて、
新たな命を吐き出し
死んだ。

私にも、鮭の長旅の意味が分からない。

一つ分かるのは、
死に場所を得る地が
生まれ場所であるのは、
最後の幸せなのかもしれない事。




食卓の上には、
美味しそうに焼かれている鮭がある。
箸で鮭の身を口に運ぶ。
・・・・・おいしい、
でも、悲しい。

生きるため、体を保つため、計り知れない生き物を
頂いている中、ついつい考えてしまうそれぞれの物語。
人間を食べる生き物がそこら中にいるとしたら、
人はどんな気持ちになるだろうか?!
生死に繋がる食べる事への本能的な欲求。
今の多くの人々、自分自身を含め、
異常な程、欲求を求め過ぎているそんな気がした。



















 

赤坂の かおりちゃん

曇り空の午後4時。

大事な商売道具を背負い
ビニール傘を
地面に突つきながら、
かおりちゃんは
三鷹駅から丸の内へ向かっている。

膨らんでいる緑色のリュックの中身は
安い化粧品と水商売用のドレス。
そして、おにぎり。

人の臭い、息の詰まる地下鉄、
小走りに歩いても
足の速い東京の人達に追い越される毎日。
長い階段を登り地上の赤坂へ。

揺らぐネオンの谷間、
深まる夜の片隅、酒に飲まれ
男と女は曖昧な誘惑を交わす。

段々、かおりちゃんに化けていく。

耐えられないほど自分が嫌になる日々
ごっそりと店から抜け出し
雑居ビルの薄暗い階段に座り、
しっかりと自分に言い聞かせた。

後もう少しで、芝居は終わる!
烏の鳴き声が聴ける・・・
始発線に乗りお家へ帰られるからね!
かおりちゃんを演じるのは悪いことじゃない。
生きて行くため、仕方がないのよ!

かおりは、3年間歯を食いしばり頑張った。
・・・・・・・。
あの頃
仕事を終え、赤坂見附から始発に乗り
新宿駅に着くと、プラットホームで待ち伏せしている
箱バン仕事帰りの彼氏が私を見つけ、
いつも一緒に三鷹のお家へ帰った。
と言うのも、精神が弛んでいる時
あの頃のことを考えると身も心も引き締まる。

苦労も苦労だと思わず、辛くてもひたすら頑張れたのは
どうしてだろう?!
確かなのは、もう二度と私は、かおりちゃんにはなれないこと。
何かに化けてまで自分を燃やす情熱がない。
そうか!
情熱か・・・・・・。
何か寂しいな。







フィンランドの匂い

世界で最も政治家の汚職の少ない国として、
世界一、水がきれいとして評価されたことのあるフィンランド。

海に包まれている夜のヘルシンキの街。
映像とは言え、私は感激した。
‘‘あの街” と駆け落ちしたいほど惚れ惚れした。

大好きなアキ・カウリスマキ監督の映画にも、
忘れることの出来ないフィンランドの匂いが伝わる。

私は幼い時から、眺めることが好きな子だった。
学校での退屈な授業を受ける時も
窓越しの山を眺めてばっかりで、毎日のように廊下へ立たされた。

いつも夕暮れになると、
何かを、誰かを、待ちながら
駅を川を、野原を、海を眺めていた。

結局、
何も 誰も 私の前に現れないことを知るまで、
随分時間が掛かり、後悔の涙を流した。

錆び付いた諦めの扉へ掛け金をかける事は、
私にとってかなりつらいことであった。

12~3年前、シアターキノでアキ監督の映画を眺めた。
特別悲しい映画でもない。
むしろ、コメディー映画なのに涙が止まらない。
うまく言えないが、
あの時の扉を、無理やり閉めなくていいんだよ・・・・・と
教えてくれたような気がした。

数日前、アキ監督の兄である、
ミカ・カウリスマキ監督の「旅人は夢を奏でる」を眺めた。
やはり、見るというより眺めちゃう。
同じく、フィンランドの匂いに酔いしれ益々その地へ
行ってみたくなった。

言葉を含め自然界の全ての風景・・・・・
人は眺め、それぞれ自分の心に沁み込む匂いを
感じ取るときがあるはず。
それは体中に伝わり、不思議な大きな力を与えてくれる。
そして、
どんな時でも見方になってくれる。

私はフィンランドの匂いが好きだ。

その匂いは、今までの私の人生そのものであり、
これからの人生の匂いでもある。





 

風の住む丘

風吹く丘を上れば分かる。
紛れも無い存在の悲しみを・・・

山にはなれない丘。

のろまの足を裏切ることなく
威風堂々さもないまま
柔らかな緩い腰へ草木を乗せ、
風の話に耳を傾けている丘。

存在の意味を失い
自暴自棄になりかねない私は、
余るほどの10本の指を広げ、
掴めない丘の風を掴む。

愚鈍な私・・・・・

色のない平凡な自分を嫌い
魂を揺さぶる濃い、何かを求めているが、
風のように全く掴めない。

あらゆる存在からの教えを無視し、
特別扱いされたい幼稚な願望に揺れ動く。

風の住む丘の何処かに、
こんな私を変えさせる
異次元への入り口があるのでは・・・

色のない風の意味を、
心から感じ取るまで、
長い間お世話になった。

風の住む丘・・・

萎れそうになった肺は、
いつしか拒否なく風を受け入れ
悲しみのうろこを優しく落としていた。

色のない色を想像する。
目に見えないものを信じる。
掴めないものを愛す。

無知にならない為、
私は風の住む丘を上る。

今を生きる私を、私へ導いてくれたのは
丘に宿る全ての存在のおかげ。

遅くなったが、
感謝の言葉を丘へ贈る。








 

自由

申し訳ないが、

いつの間にか穏やかな
自由に囲まれていた。

若い頃、
現実を
見て見ないふりをする下手な芝居、
折り合わない世間とのいがみ合い、
先駆者を褒め称える歌、
民主化に揺れ動く
‘‘時代の旗”を憎み続けた。

知識人だけが闘った訳じゃない。
少年少女達も闘っていた。
見放されたスラム街の落書き
自由を渇望する無意味の対抗。

自由は存在していたのか、
存在していなかったのか・・・
自由の使い道は?
どの様に手に入れるの?
金持ちになるの?
幸せになれるの?
好きな人と結婚出来るの?
・・・・・
むき出しに、
抑圧されてはいないが
何が自由なのか分からない。

長い時間が過ぎて、
そんな疑問の答えを
もう一度考える。

祖国から離れた地には、
民主主義の華やかな自由人が
溢れていた。

残念ながら、
未だに理解に苦しむ自由への在り方。

共産主義の独裁者
民主主義のエゴチスト
どちらも似ている。

自己合理の為、
犠牲者を出す自由を
私は、反対する。

世界中の一人一人へ
穏やかな自由が訪れますように。