わからない


街の灯りが恋しくて橋を渡った。

橋より長い日暮れの裾を踏みながら、

慎ましい足取りで、

人通りの少ない裏道へ入った。

千歳鶴近くの酒屋の男達が

立派な腕をむき出して

トラックに酒を積み上げていた。

酒は、街に集う誰かと誰かの喉を潤し、

賑わい、歌い、口論し、慰めては

出会いと別れ、そして誘惑の

乾杯へ消えて行くだろう。

街が見えて来た。

私に、「お前、何しに来たんだ?」と聞いている。

わからない・・・。

街が嘲るように言う。

「もう、帰れよ!お前に用何かないよ」

・・・・・・・。

私は踵を返して川へ行くことにした。

薄暗い空き地へ暮らすたんぽぽ達に出会い、

しばらく話を交わしていると

うっすらと光が目に入った。

丁度いい距離を置いて私を観察する野良猫。

あなたの視線だったのね・・・。

野良猫が静かに、私に聞く。

「あなた、何者?」

わからない・・・。

「あなた、弱い人ね!私を見つめるあなたの目がそう言っている」

・・・・・・・。

私はまた、踵を返して橋を渡った。

流れる川は街燈に照らされ

投げ捨てられた世の汚れを拾い洗っていた。

黒ずみの物体、細長い影が

私を付きまとう。

それは自分自身なのか?

わからない・・・・・。

私は誰なのか?

わからない、わからない。








よく転ぶ娘

昨日の午後過ぎ、娘に傘を届けに行った。
朝、天気もよく、雨が降ると思わなかったのに
お昼頃から雷と共に降り出す強い雨。
急いで学校まで娘を迎えに行く途中、向こうから娘が
雨にびしょぬれながら走ってくる姿が見えた。

しかし、何か変・・・娘は両手を合わせて、まるで祈る人みたいな姿勢で
俯いたまま走ってくる。
傘を差している私に気付いてない娘、えっ!!・・・・・
娘の顔が血だらけ!!やっと私に気付いた娘は
思わず大声を出して泣きだす。
左の方のおでこと、頬、手に大きな擦り傷、
鼻水と雨に混ざって血が流れている。
私は慌てて血を拭き、娘の話を聞いた。
校門の近くで、後ろから来る友達に声を掛けられ振り向いた時、
少し窪みのある地面に足が引っかかりバランスを崩したらしい。

普段からよく転ぶ娘。 まあ~それにしても派手に転んだな!

家に着いて傷口を消毒し薬をつけパッドを貼ってあげた。
すると、鏡の前に立ち自分の姿を見ながら泣く。
先までは泣くのも収まり、ペロペロとアイスクリームをなめていたのに・・・。
勿論痛いと思うが、そんな娘の姿が可愛く、面白くて私は笑った。
そしたら、娘も笑う。二人で笑う。可笑しいね・・・。

夕方、市内の病院に入院している
甥っ子のお見舞いに行く予定だったので、
夫の母とお兄さんに会い病院へ行くと甥っ子より娘が目立つ。

甥っ子からもらったスイカを食べながら娘は転んだ話や傷の話を
自慢げに言っている。
もはや誰が病人なのか分からなくなった。

今朝、相変わらず楽しいそうに学校へ行く娘。

沢山転んで、沢山遊んで、沢山笑って、大きく成長してちょうだいね!。



 

一日

朝が来て昼が来て夜が来る。

夜が来て夜明けが来て朝が来る。

鳥が起きて私が起きて子どもが起きる。

一日の始まり、私達の始まり

一日の笑顔の分だけ幸せを貰い、

一日の頑張った分だけご飯を頂き、

一日の仕えた分だけ安らぎを取り、

一日の終わりに愛を告げる。


朝が過ぎて昼が過ぎて夜が過ぎる。

夜が過ぎて夜明けが過ぎて朝が来る。

お日様の顔は真ん丸い仏顔。

青空の心は広い心。

私達の朝はさらさら真っ白。

一日の始まり、新しい始まり

一日の善意を自慢せず、

一日の怠りを見逃さず、

一日の我慢を苦とせず、

一日の終わりに感謝を告げる。


一日の始まりは、生まれ変わる日でもある。
新しい毎日の心構え、
自分自身に少しでも、恥をかけない様に
一日を迎えられたい。





 

ラジオを点けると

私が中学生になるまで家にはテレビが無かった。
当時、テレビを持っていない家は、貧乏である事ではあったが、
そんなに嫌ではなかった。
いつも傍にラジオがあったから。

避難民を思わせる最小限の衣・食・住の生活
そんな暮らしが恥ずかしいと気付いたのは12才の頃。

仲のいい同じクラスメイトの友達から
誕生日パーティーに招待され家を訪ねると
立派な金持ちの屋敷で、お手伝いさんまでいたのでびっくりした。
ソファーに座ったのも初めて、ケーキを食べたのも初めて、
カラーテレビを見たのも初めて、何より驚いたのは電気蓄音機。
倒れそうになった私を友達のお母さんが支えてくれた。
予想もしていない別世界を目にして、
段々具合が悪くなり次の日、学校を休んだ。

ちなみに、私からの誕生日プレゼントは凄く恥ずかしいが、
紙に書いたおかしな詩、
それから母さんから持たされた、畑で取れたとうもろこし、だった。

子どもの時からラジオをよく聴いていた。
深夜を過ぎても布団の中でラジオを抱きしめ、流れる音楽を聴いた。
そして泣きながら眠った。
あのころラジオでよく流れたのはポール・モーリアオーケストラの映画音楽。
気に入った映画音楽をメモって、いつかその映画を観るのを夢見ていた。

ラジオを点けると空想の世界が次から次へと広がり、
その世界はうつくしく、そこにいる私もまたうつくしい姿。
まさに夢のパラダイス。

ラジオからテレビ、CDプレーヤー、そしてパソコン。
知る事、見る事が増えれば増えるほど、
私の聴き取る感覚の機能が
鈍くなっていくような気がしてきた。
一時的な満足感を与え、排せつ物のように私から抜けて行く
情報や知ったかぶりの知識、毎回分かっていながらもあれこれと、
パソコンで検索しては何か虚しくなる自分と対面する。
知りたかった事を、知ったときのうれしさが麻痺していく感じ
知りたくなかった事を知ったときの怒りへの後悔。

ラジオを点けると、自然に広がった空想の世界。
そこには夢があったかもね~。

そもそもパソコンにこんな書き込みをする事自体がおかしい。
色々とパソコンにはお世話になっているので、
これからも良きパートナーでありたい。
そして、たまにはラジオを点けて失いつつある世界へ行ってみたい。

 

片目

眠る屋根の上に、
今宵も現れました。

ある日は、細い白い目で、
ある日は、尖った黄色の目で、
ある日は、丸い赤い目で、
やさしい光を伝えてくれるあなた。

長いお付き合いだったのに
こんなにも遅く気付くなんて・・・。
初めて知りました。 
まさか、そんな過去があるとは・・・。

だから、海へ砂漠へ氷山へ行ったのですね。

無くした片目を探しているあなた!

つらいけど思い出して下さい。

何処の海に飲み込まれたのか、
何処の砂漠に落とされたのか、
何処の誰かに奪われたのか、
思い出して下さい。

今まで私の目に映ったのは目。
あなたの片目。

だから、いつも悲しいそうに私を
見つめていたのですね。

そのままの姿があなたの全てだとは思いませんが、
そのままのあなたが大好きでした。

力になれるのなら
一緒に探して見ませんか?

両方の目が同じだとは限らないので
教えてください。

あなたの片目は、
あなたの片目と同じですか?

もし見つかったら
きっと、この夜は明るいでしょうね・・・。

しかしながら
私の本音は永遠にあなたの無くした片目が
見つからないで欲しいです。

何故なら、
私にとってあなたは「月」だからです。

もし見つかったら
きっと、この夜は明るいでしょうね・・・。

片目を探しているあなた!
片目を取り戻すと、
きっとあなたも、私も
彷徨う事を忘れてしまうのでしょう。

それは、実に寂しい事です。