国際市場

数日前、友達からある連絡が届いた。
韓国映画 「国際市場で逢いましょう」を観て、私の事を思ってたらしい。

素直に嬉しかった。

国際市場は釜山にいる頃、よく行ってた所だ。
なので、映画のタイトルを目にしたときびっくりした。
上野のアメ横に似ているが、あの当時は、女の子が一人で行くには
危ない場所だった。
戦後、米軍の放出品を道端で売る闇市がはじまりだと
言う話を聞いたことがある。

私が国際市場へ、よく行ってたのには理由がある。
海が近いのと、少し怖いけど、わくわくする市場の
雰囲気が好きだったのだ。
賑わうと言うより、むしろ暗くて、革の製品とか
何に使うのか分からない、外国語の書かれた物が沢山並べられていた。
関税庁や貨物船の停泊する場所が近くにあったので、
地元の人より、背の高い船乗りの外国人のほうが多かった。

当時私は高校3年生で、結婚して美容室を営むお姉さんの家に住んでいた。
お姉さんの旦那さんは船乗りの人で、海外に出ると
2~3年に一度しか帰ってこない。
帰ってきたある日、私は凄く怒られた。
勉強もせずしょっちゅう歩き回っては、危ない国際市場へ行ってた事などを
お姉さんが告げ口をしたのである。
ヤクザも多いので、国際市場だけは絶対一人で行かない事を約束された。

勿論、その後もよく行った。

 生まれ育った故郷は、山に囲まれている小さな町。
山だらけなので川も多い。
とても素朴な町だが、どこか悲しい町でもある。
釜山は悲しい街ではあるが、たくましい街でもある。

連絡をくれた友達は、映画を観終えて釜山の街が好きになったのかな?
「国際市場、いつか一緒に行けたらいいね!」

ちなみに、友達が映画を観に行った動機は、
東方神起のユノ(ユンオ)だったらしい。可愛い。(笑)
親切に、上映している映画館も教えてくれた。
ありがとう!

昨日の夢

2年間、地下の世界から出られないという夢を見た。
湿り気のある、狭くて薄汚い地下街、

外に出ようと出口を捜し歩きまわる。
やっと階段を見つけ昇ってみると、シャッターが下ろされていて、
いくら開けようとしてもびくともしない。
後ろから人の足音が聞こえてきたので、慌てて階段を下り、
足音の方向を見回すが誰もいない。

絶対、外の世界へ出るぞ と、あちこち歩き回っていたら、
中年女性が私の方へ近づいて来て言う。
「2年間は、ここから出られませんよ」
・・・・・・・
私は動けなくなった・・・。

目覚まし時計の音がなる。
夢うつつの間、戻れて(出られて)安心する私であった。

私は、ほぼ毎日夢を見る。
覚える時も、忘れる時もあるが、大体、夢の中でも
いつも何処かを歩いている。
非現実的でありながらも、何処か懐かしく、自分の気持ちを
隠す事無く、ありのまま表している。

つかみあいの喧嘩をしたり、やきもちをやいたり、
暴力を振るう夢の時もあるので、
そんな夢から目が覚めた後は、かなり落ち込む。
気付いているような、無いような、自分の内面の嫌な所、
そんな感情が現れたような気がするのだ。

夫と娘に「昨日はどんな夢を見たの?」と聞くと「覚えていない」
の返事が多い。
この間の朝、夫の部屋から、がたりと何かが倒れる音がした。
棚にあるCDがめちゃくちゃ!
夫いわく、サッカーをやってて、いいパスが来たので、
思いっきり蹴ったらしい。

自慢げに、怪我している足の指を見せる。
普段、サッカーなんか全然やってもいないのに
馬鹿だね・・・男は・・・。

フライパンに捧げる歌

そろそろ、
お別れの時間がやって参りました。

これ以上、苦しまないで下さい。

もう、頑張らなくてもいいですよ!

何千回も火に炙られ、過酷な労働の末、
終わりを告げるフライパン。

ついに、我が家のフライパンは、
十五年の短い生を終えました。

丸い裸に、こびりついた傷の跡、
痛々しいです。
もっと、大切に手入れをしてあげれば
よかったのに・・・。
悔いが残ります。

あの頃の、貧しかった恋人達は
毎日の様に、
塩と、胡椒入りのチャーハンを
食べていました。
そして、お仕事を頑張りました。
僅かな収入を手に入れた日、
お祝いの野菜入りのお肉炒め料理・・・・・。
あなたのお陰で、美味しく頂きました。

うれしい事があった時も、辛い事があった時も、
元気が出るようにと、お腹を満たしてくれては、
こっそりと、台所の片隅で、
恋人達を見守り続けてくれたフライパン。

最後の日は、
あなたの為に、想い出のチャーハンを作りましたが、
見事に、お米達がくっついて底から離れませんでした。
その後、いつもより時間をかけ、
ボロボロのあなたを、やさしく洗い拭きあげました。

本当に、お疲れ様でした。

お別れの朝です。

燃えないゴミ袋へ入れられたあなたは、
これからどうなるでしょうか?
生まれ変わるとしたら、
どんな姿になるでしょうか?

お別れは寂しいですが、
私は、忘れません。

あなたから貰った沢山の幸せを・・・。










朝の寄り道

今年の四月、娘が小学校一年生になり
私は、毎朝6時30分に起きるようになった。
最初は、かなりきつかった。
熱いコーヒーを飲んだ後、簡単な朝食を用意し、娘を起こす。
あれこれと忙しい朝を送っているが、今まで感じたことのない、
新しい毎日を経験するようになった。

早朝の空、空気、風はその時にしか出会えない。
当たり前の事だが、毎日違う顔を見せる朝に向かって「おはよう!」
早朝の「おはよう!」には魔法の力があり、今日の一日を
迎えられたこと、これからの一日を送ることへ、
無条件にありがたい気持ちになるのだ。

娘を学校へ送った後、ぶらぶらとあちらこちらを
歩いては、人の家の綺麗な庭先を覗き込んだり、
そんな私を、飼い猫は窓辺の中から見つめたり・・・。

車も通らない自転車も走らない、その上
出くわす人も無い、ゆっくりと歩ける道がある。
水車町だが、非常に静かで暗い。
南七条橋から南大橋までの間にある、細い中道。
豊平に住み始めてから、何度も行ったことがあろけど、
行くたびに何とも言えない不思議な気持ちになるのだ。
家も沢山あるのに、人の気配はほとんど無く、
やたらと鳥が鳴いていて、人の手入れが届いてないままの
草や花が静かに生い茂っている。
昔は水車のある、にぎやかな町だったらしい。

朝、その道に寄ると、胸が少しドキドキして、後ろを気にしながら
歩いている自分がいる。
やっと、豊平四条の36号線へ出ると、思わず安堵の息が漏れる。
そして、うんと変わって、36号線を走る途切れの無い車の騒音と、
ゴミを漁るカラス、出勤する人々の慌ただしい風景を目にし、
一仕事を終えたかのように、家へ帰ってくる。

これから、仕事をするようになると、朝の寄り道など
多分、そんな時間はなくなると思うが、
ふと、気休めの寄り道を見つけ、楽しみたいと思う。

朝の寄り道、持ち主の帰りを待ち続けている、
放置されたままのバイク。
 
 
 一週間後、こんなに植物に覆われている姿を目にして、びっくりした。
 

内視鏡検査

病院へ行ってきた。
今回の検査は、のどの局所麻酔だけだったので
結構苦しかった。
痛みと、吐き気は我慢出来るが、口をずっと開けたままで、
唾と言うか、息を飲み込めないのが辛い。

‘‘ごくり”が自由に出来ない恐怖心・・・。
歯科に行ったときも同じで、凄く息が苦しい。
鼻から息を吸っているのにもかかわらず、窒息しそうになる。

血液検査結果と、胃の検査結果は特に問題もなく、
とりあえず安心した。
後日、ピロリ菌の検査を受けるが、多分罹っているような気がする。

今日の内視鏡検査の時、
手をぎゅっと握って、背中を優しくさすってくれた看護師さん、
ありがとうございました!
お陰様で、少しは気持ちが落ち着き、パニックになりませんでした。