サーカス

夏休みのある日、
川辺の林へ
蝉を捕りに行った。

運がいい。

待ちに待った
サーカス団が
双子橋の下で
白い天幕を張っていたのだ。

石を拾う振りをしながら
腰を曲げ
仮設小屋へ近づき
そっと中を覗いた。

私は、見た。

団長らしき人の足に蹴られ
口から血を流す
小人を。

芝居の練習でも、
化粧の血でも、
痛そうに蹲る演技でもない。

小人は、
何も言わず
ただただ、
ずっと蹴られ続けていたのだ。


わたしは
ポケットの中から
一番大きい石を取り出し
思いっきり投げた。

そして
勢いよく
林の方へ逃げ出した。

蝉の鳴く林の中で
暗くなるまで
しゃがみこみ、
小人の無事を祈った。


三日後の夕方、双子橋の下、
大音量の唄が流れる天幕の中。

母の手を離さずドキドキしながら
空中ブランコを見ていたら、
吐き気がしてきて
急いで外へ出たものの
そこは獣の臭う裏口であった。

「あいつ、死んでよかったよ。
きっと今頃笑っているかもね・・・
もう、痛い思いしないで済むから・・・」

猛獣使いのお爺さんが
檻の中に向かって、
静かに
誰かに
言っていた。


それから、
二度と
サーカスを
観にいっていない。

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