蚕と糸車

家の隣にある小さな橋を渡ると
桑の畑があります。

私が飼っていたカイコは
桑の葉が大好きでした。
私は毎日カイコの世話をしました。

ある日、
カイコはわたあめのように
ふわふわと膨らみ、
白く丸く体を変えました。

マユの中で、
一回
体をきれいにして、
もう一度
生まれ変わるのでした。

不思議な
不思議なことです。

熱を出し、
怖い夢から目を覚ました
ある日のことでした。
母の姿を探すと、
うす暗い小屋の中で、
窓を差す僅かな光を浴びながら
糸車を回していました。

母は太い指先で
白い糸を紡いでいました。

白い糸は
私が飼っていたカイコです。
羽が生えるのを
ドキドキしながら
待っていたのですが
カイコは白い糸になりました。

泣いている私に母は
こう言いました
カイコは羽が生えても飛べないの!
何回も生まれ変わるけど、飛べないんだ!
でもね、
やわらかなきれいな糸を
私たちに残してくれるの・・・
そして
その糸は大事なお金になるのよ!

カイコがお金になるなんて
・・・・・
不思議な
不思議なことでした。


私が今思うことは
自分では自分を何回も作り直せないけど
せめて、一日ほんの少しだけでもいいから
自分が良いと思う方向へ進んでいけるように
努力することです。
多分、
カイコのように
何度も生まれ変わることは出来ませんが
新しい気持ちで日々を過ごしたい。
その中で、
まだ、逢ったことのない自分に
いつか出逢えることを願いたい。


その場所

天国でも
地獄でもない場所

天使にも
悪魔にもなれない場所

月も星も太陽も
会話の出来る場所

魂が集まり
魂が住み着く場所

その場所に
ラクダはいます
その場所で
ラクダは魂と暮らしています

ずっと
そう信じていました
ずっと
そう思っていました

私とあなたも
いつか訪れる場所

愛と憎しみを
金銀の嵐に変える場所

朝も昼も夜も
地平線を眺める場所

その場所に
ラクダはいます
その場所で
ラクダは魂を見守っています

ずっと
そう信じていたいです
ずっと
そう思っていたいです

過去も未来も
現在もない場所・・・

ラクダの長い、
長いまつげに包まれ
遠い、
遠い宇宙の声を
聴きいれる場所・・・

その場所は
砂漠です。

ある夜の消しゴム

いつかの
クリスマスの夜、
私の枕元に
大きな消しゴムが
置いてあった。
それは
サンタクロースからの
クリスマスプレゼント。

消したい記憶を
自由に消せる消しゴム・・・

私は
ゆっくり、
静かに降る雪を見ながら
ゆっくり
静かに記憶を消していた。

悲しかった記憶
悔しかった記憶
寂しかった記憶
怖かった記憶
夢見た記憶
嬉しかった記憶までも
一つ一つずつ消していた。

消して消えゆく記憶は
とても切ないことだっと感じながら、
沢山の記憶を今まで消してきた。

しかし
不思議なことに
消しゴムは
段々大きくなっていく・・・
・・・・・
今夜
私は
窓に映る横断歩道の
信号機を眺めながら考えた。
もう、
消しゴムは
サンタクロースに
返そう・・・。

私はこの頃、写真を撮りながら思うことがある。
見たい、感じたい、憶えていたい、忘れたくない・・・
一日でも長く自分の心に残したい。
その気持ちが表現に繋がっているのか
繋がっていないのかは
別として・・・。
正直、自分の眼や自分の記憶が不安だが
その不安を紛らわすために逃げたりしたくない。
わざわざ消したくない。
言葉からも逃げない
記憶からも
自分からも
人からも・・・そうしたい。
瞬間を大事に生きる為に。








私は木を見る

葉を揺らす森の風
土を濡らす森の吐息
鳥を歌わす森の魔法

幼いあの頃、
私は、
森の中で
何を見ていたのだろう・・・

山の
湧き水を供え、
大きな木の下で祈る母は
何を祈っていたのだろう・・・

母の手をつないで
山から下りた時、
森から出た時、
私は後ろを振り向いた。

確かに、
動いていた
・・・一本の木だけが
・・・母が
祈りを捧げた
その木だけが・・・。

私は木を見る
大人になっている今でも
見続けている

あの頃の私が
今の私に
見続けさせているような気がしてたまらない。

私は木を見る

しかし、
見えていないのだ。

実は、
何も
この目で見てはいないのだ。




夜の欠片

青く白い欠片の降る夜、
私は
3本の
燃えそうな赤い薔薇を
眺めていた。

片目を片手で隠し、
もう一つの
片目を大きく開き、
しばらく、
静かに
眺めていた。

悲しいこともなく、
泣きたい気持ちでもないのに
涙が
零れ落ちた。

不思議な夜だ
寒い6月の夜だ

そして
夜の欠片、
薔薇の棘が
こころと眼を刺す
とても
痛い
夜だ。