夢の箱

君は何処から来たの?

言えないわ。

君の名前は?

忘れちゃったわ。

片言だね・・・君、国籍は?

毎晩のように夢枕は冷汗でびっしょり濡れていた。
職務質問、在留カード提示の強要
男は青白い顔で、口元からは冷気が漏れている。
恐る恐る私は何かを言っているが、
まったく何を言っているのか、わからない。

私はこの街が好きです
どうか、ここに居させて下さい
真面目に働いていますし、
それに・・・友達もいます。
これ、これを、見て下さい
夢の箱です。
こんなに沢山入っています
叶いたい夢じゃありません
願い事でもない・・・夢の箱、なのです。
私はやっと前を見て歩けたのです
ここで生きていこうと決心しました。
たから、連れて行かないで下さい
・・・・・・・。
         
東京での生活は前も後ろも見えない
霧の中を伝い歩きする日々だった。
手を差し伸べる同じ言語の人達の
脅かしは何より怖かった。

捨て猫二匹を連れて来た日から、猫と目が合う度に
何かが込み上げてくる。
重苦しい悲しみではなく、泉の湧き水のような、玲瓏な悲しみ、
その中には私が私であることへの自覚みたいなものが
ぼんやり見え始まった。

今、ここにいる私は、
夢の箱など持っていない。
しかし、鍵は持っている。
夢の箱はもしかしたら、今頃コンヤを目指して旅を続けている最中かも知れない。

前に進みたい焦りはもう持ったない
夢の箱を手放したら自由になった。
沢山の人々のおかげさまで、沢山の猫達のおかげさまで
やっとここまで来られた。

偶にあの男が現れる。
相変わらず青白い顔のまま。
でも、今はちっとも怖くない。

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