皿を洗う男

冷たい水で洗い流す孤独。

冷たい手に絡まる後を引く無念。

洗うのさ、忘れるのさ・・・

皿を、汚れを、取れない悲しみを。

愛した女の口癖は ‘‘いつか”

いつか、うまくいくわよ!
いつか・・・しあわせになれるわよ!

ごめんよ!
こんなはずじゃなかったのに・・・。
割っちまった人生に
お前の苦労が染み付いていつまでも
取れないんだ。
ごめんよ!
幸せにしてあげられなくて。

冷たい水で洗い流す儚い泡。

冷たい手に落ちる温い涙。

流すのさ、かわいそうなやつ・・・

皿を、貧しさを、残る悔しさを。

愛した女の口癖に

うんざりした時もあった。

見てろよ!
うまくやっていくからな・・・。
お前の嫁入り道具を磨いていると
苦しみが何とか取れそうな
そんな気がするんだ。
見てろよ!
守るからな・・・・・・。

父は母の死後、一所懸命に皿を洗っていた。
そんな父の後ろ姿を忘れられない。
冬の井戸水は肌が切れるほど冷たく、
父は白い息を吐きながら皿を洗い、
桐の棚の上にそっと置いていた。
私が皿洗いをしようとすると、
父はいつも大丈夫だからと言ってた。
母を思う父の皿洗い。

皿を洗う男は私のお父さんだ。
お父さんは私に余るほどの愛情を注いでくれた。
時が経つにつれ親のことを深く思う。
「ありがとう」の言葉しか思い浮かばない。
そして、親が生きているとき伝えなかった「ありがとう」。
私は、皿を洗いながら
何度も何度も呟いている。






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