ベサメムーチョ

深夜の福生。
怪しげな迷路をくぐり抜けると
ギター弾き男に会える。
黒いテーブルクロースの上、
赤いバラ一輪。
慣れない手つきでグラスをまわしながら
古臭いメロディー、ベサメムーチョに
酔いしれる。

想いでの深いあの歌を
こんな所で聴けるとは・・・
まさか、ギター弾き男に
心奪われるとは・・・。

人生は、重なる不測連続の日々。
不揃いの魂のまま、
運命を愛することなど出来ない。
ただ、一曲の歌により、
一切の迷いも無く、愛に生きる覚悟を決め
偽りの抜け殻と仲間を捨て、
ギター弾き男の所へ。

この街の匂いは、
薬の効かない頭痛をひき起こす。
きつい香水と酒は体臭に混ざり
脳に、無駄な刺激を与える。
だから、皆狂気に踊り、
それぞれの国の言葉で叫び、
男らと女らは
ゴミ箱を漁る溝鼠のように
くんくんと鼻を鳴らす。

そろそろ異色地帯から
抜け出さなければ・・・・・

厚化粧に悲しみを隠し、
踊る仲間達の顔。
夢を叶える為のお金
家族を養う為のお金
ブローカーの脅かに納めるお金
恋人の学費の為のお金・・・・・

もはや、私には金など要らない。
必要なのは勇気だけ。
逃げるように駆け込んだ夜の日
ギター弾き男は何も言わず、
私を迎え入れてくれた。

欲望より濃い、じめじめした哀愁の街。
あの頃の、人々の切実な願い
きっと、叶えられていて欲しい。

0 件のコメント:

コメントを投稿