自由

申し訳ないが、

いつの間にか穏やかな
自由に囲まれていた。

若い頃、
現実を
見て見ないふりをする下手な芝居、
折り合わない世間とのいがみ合い、
先駆者を褒め称える歌、
民主化に揺れ動く
‘‘時代の旗”を憎み続けた。

知識人だけが闘った訳じゃない。
少年少女達も闘っていた。
見放されたスラム街の落書き
自由を渇望する無意味の対抗。

自由は存在していたのか、
存在していなかったのか・・・
自由の使い道は?
どの様に手に入れるの?
金持ちになるの?
幸せになれるの?
好きな人と結婚出来るの?
・・・・・
むき出しに、
抑圧されてはいないが
何が自由なのか分からない。

長い時間が過ぎて、
そんな疑問の答えを
もう一度考える。

祖国から離れた地には、
民主主義の華やかな自由人が
溢れていた。

残念ながら、
未だに理解に苦しむ自由への在り方。

共産主義の独裁者
民主主義のエゴチスト
どちらも似ている。

自己合理の為、
犠牲者を出す自由を
私は、反対する。

世界中の一人一人へ
穏やかな自由が訪れますように。






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